朝起きると今日も窓の外からリリアさんの歌声が聞こえてきた。 窓から覗いてみるとやはり洗濯物を干しているようだ。 邪魔しない様にその歌声を聞きながら朝の支度をする。 今日はなんだかんだで行けていなかったハロルドさんのお店に行ってみるか。街に着いたときに教えて貰った店の場所を思い出しながらハロルドさんの店を探していると、とある店の前でちょうどハロルドさんが誰かと話しているのが見えた。 何だか真剣に話しているようなので邪魔をしては悪いかと思い、先に店の中でも見せて貰おうかと思ったのだが、近くを通りがかった時にハロルドさんの方から声を掛けられる。「おぉ、アキツグさん。いらしてくださったんですね」 「あ、えぇ、せっかくなのでお店を見せて頂こうかと。取り込み中の様でしたので、後程ご挨拶させて頂こうかと思っていたのですが」 「そうでしたか。いえいえ、お気になさらず。ちょうど話は終わったので。良ければ中で少しお話でもどうですか?」 「そのつもりでお伺いしましたので、ハロルドさんが良いのであれば」 「良かった。ではこちらに」そう言ってハロルドさんの案内で店の中に入っていき、応接室と思われる部屋に通される。何だか道中人の目を気にしていたように見えたのが少し気になるが、何かあったのだろうか?「さて、良くお越しくださいました。と言いたいところなのですが、実はアキツグさんにお願いしたいことがありまして。急な話で誠に申し訳ないのですが聞いていただけますか?」 「お願いですか?ハロルドさんにはお世話になりましたので、できることならお手伝いしますが、どのような内容でしょう?」 「ありがとうございます。お願いしたいことは単純で、サムール村までとある物資を届けて欲しいんですよ」 「物資の運送ってことですか。確かに私でもできそうな内容ですが、他の方には頼めない理由があるのですか?」 「えぇ。ですが、ここからの話はかなりリスクのある内容を含みます。もし、それを承知できないということであればここで断わって下さい」そこまで言うとハロルドさんは真剣な目でこちらを見つめてきた。 本当に急な話で混乱しかけていたが、向けられたその視線からそれだけ切羽詰まった状況だということが読み取れた。「そのリスクというのは命の危険なども含まれるのですか?」 「場
次の日、荷物を準備して1階に降り朝食を用意してくれているリリアさんに今日街を出ることを告げる。「リリアさん、おはようございます」 「アキツグさん、おはようございます」 「急で申し訳ないのですが、仕事の関係で今日街を出ることになりました。短い間ですがお世話になりました」 「えぇ!?今日ですか?それはまた急な話ですが、仕事なら仕方ないですね。では、残りの宿代をお返ししますね。少々お待ちください」 「いや、それはチップとして取っておいてください。宿のサービスも良かったですし、リリアさんの歌にはそれ以上の価値がありましたから」 「まぁ!ほんとにお上手ですね。それではありがたく頂戴いたしますね」 「えぇ、なので最後の朝食にも期待してます」 「あらあら、それじゃ腕によりをかけて作らないと」そうして特製の美味しい食事を頂いた俺はリリアさんに別れを告げて、冒険者ギルドに向かった。 冒険者ギルドに入ると昨日言われた通り受付で名前を告げ、お勧めの冒険者を紹介して貰う。「俺の名はクロヴだ。よろしく頼む」 「旅商人のアキツグです。よろしくお願いします」クロヴさんは24歳ぐらいで長めの黒髪を後ろで縛っている。 体格は中肉中背で、身長が170センチぐらいある俺より頭1つ分大きい。 一人だけというのが少し意外だったが、ハロルドさんには何か考えがあるのだろうと思い一先ず気にしないことにした。 簡単な自己紹介を終えて、今後の予定についても伝える。 クロヴさんも問題ないという話だったので、さっそく街の入り口近くにある馬車の待機場に向かうことにした。 待機場に着くと昨日見せて貰った馬車が確かに停まっている。荷台には荷物も積み込み済みのようだ。 馬車を受け取り予定通りサムール村へ出発する。街から出る際に検問もあったが特に疑われることもなくすんなり通ることができた。 しばらくは街道をまっすぐ進むだけで危険もなさそうなので、クロヴさんに話を振ってみた。「クロヴさんは冒険者になってどのくらいなんですか?」 「7年ほどだな。とい
次の日も特に問題など起きることもなくサムール村へ向けて順調に、旅路を進んでいた。 お昼頃になって、そろそろ昼食を取ろうと馬車を止めると、近くから動物の鳴き声の様なものが聞こえてきた。 念のためとクロヴさんが様子を見に行き、しばらくすると猫の様なものを抱えて戻ってきた。「ハイドキャットだな。隠密性に優れていて見る機会なんてほとんどないんだが、どうやら怪我をしているらしい」見てみると確かに後ろ足に切り傷の様なものができている。他にも細かな擦り傷があるところを見ると何かから逃げてきたのかもしれない。 こちらが診ている間もハイドキャットは逃げる様子もなく、大人しくこちらの様子を伺っていた。 危険もなさそうなので、傷薬を取り出して手当を行う。傷口に触れた時には少し痛そうにしたものの暴れることもなく無事に手当を終えることができた。 するとハイドキャットは感謝するかのように「ニャァ」と鳴いた。 そしてその声に反応するかのようにスキルレベルが上がったことが分かる。-------------------------------- スキル:わらしべ超者Lv4 (解放条件:特定条件下で相手が提供に同意する) 自分の持ち物と相手の持ち物を交換してもらうことができる。 自分の持ち物と各種サービスを交換してもらうことができる。 手持ちの商品を望む人に出会える。 条件を満たした相手と知識を交換できる。ただし相手からその知識は失われない。 ※相手が同意したもののみが対象となる。交換レートはスキルレベルと相手の需要と好感度により変動する。 スキル効果により金銭での取引、交換はできない。--------------------------------知識の交換?情報を提供して貰えるとかそういうことだろうか?確かに商品の流通状況とか危険な地域の情報とかを知ることができれば便利かもしれない。にしてもこの解放条件の特定条件下ってなんだ?さらに相手が提供に同意するって、どうやって同意して貰うんだ?スキルのことを話せと?条件っていうのも書かれ
野営地での夕食も終わり、今日も就寝しようとテントに入ったところで 連れてきていたロシェッテから声を掛けられる。『人間が近づいてきてるわ。それも気配を隠してる。気を付けて』 「まさか夜襲?わ、分かった。ロシェッテは動けそうか?」 『えぇ、あなたのおかげでだいぶ良くなったわ。歩く程度なら問題なく、無理すればしばらくは走れると思う』 「そうならないことを願いたいけどな」テントを出てクロヴさんのもとへ向かう。とはいえ、素人の俺が先に気づくのはおかしいからどう話したらいいか。クロヴさんが気付いているといいのだが・・・そう考えていると、クロヴさんもこちらへ向かってきていた。「あ、クロヴさん、なんか妙な胸騒ぎがして出てきたんですけど、周囲の様子は変わりないですか?」 「勘は良いようだな、どうやら敵のようだ。気配の隠し方からただの夜盗でもないと思う。アンタは荷台に居てくれるか。護衛対象には固まっていて貰った方が守りやすい」 「分かりました。お願いします」クロヴさんも気づいていたようだ。彼の指示に従い荷台に乗り込んで周囲の様子を伺う。すると、身近でゴトっと木箱が音を立てた。 俺が荷台に飛び乗った時の振動で中で荷崩れでもしたのだろうかと思ったのだが、そこにロシェッテが声を掛けてくる。『この状況でその子、木箱に隠したままでいいの?狙われてるのその子なんじゃない?』 「その子?」 「え?もしかして知らずに運んでるの?私はそういう仕事なのかと思って気にしてなかったけど」待て待て!ということは、もしかして依頼の積み荷って人間なのか?ハロルドさんのことだからまさか誘拐とかではないと思うが、だとするといったい何の目的でそんなことを? いやいや、今はそれよりこの状況をどうするかだ。 もし逃げる必要があるのなら木箱に入ったままだと致命的になりかねない。 だが、まだ戦っても居ないしクロヴさん達が問題なく対処できるのなら中身を確認する必要はないだろう。 湧き上がってくる好奇心に蓋をしてまずはクロヴさんと襲撃者の方を確認する。 全身黒ずくめの
その声に思わず振り向くと、そこには美しい金髪を夜風に靡かせて気持ちよさげに佇む美少女の姿があった。 思わず見惚れていると、背後でざざっ!と地面を擦るような音がする。見るとセシルさんとクロヴさんが跪いている。 え?え?知り合い?もしかしてそんなに高貴な人なのか?と、咄嗟に真似をして跪こうとしたところで、当の本人がそれを止めた。「そういうのは良いわ。ここは王宮じゃないし、今は身分を隠さないとでしょ?話し方とかも普段通りで良いから」 「しょ、承知しました、エルミア様」 「もう、話聞いてた?私のことはミアとでも呼んで。様もいらないから」 「いや、流石にそれは・・・」王宮?エルミア様?まさか貴族どころか王族なのか?いや、まだ宮廷魔術師とかの宮廷勤めの臣下の可能性もあるけど、この子くらいの年齢でそんな階級に上がれるとも考えにくい。とするとやっぱり・・・「私がいいって言ってるんだからいいの。人前でだけなんて面倒なことしてぼろが出たらそれこそ元も子もないでしょ。まずは生き残ることを考えないと」 「分かり、いや分かった。それじゃ目的地まではミアと呼ばせて貰う」 「それでいいわ。あなた達もいいわね?」 「えぇ、わかったわ」 「あ、あぁ分かった」二人は状況を鑑みて意識を切り替えたようだ。俺はまだ王族というものに対する認識自体が薄い戸惑っているだけだったのだが、一先ず二人に合わせて普通に接するように返事をした。「よろしい。それじゃまずはあなた達の名前も教えて貰える?大体隠れて聞いてはいたけど一応ね」 「クロヴだ。よろしく頼む」 「セシルよ。よろしく」 「アキツグです。よろしく」 「皆よろしくね。さて、都合上話を仕切っちゃって申し訳ないけど、後はどこへ向かうかについて。サムールかカルヘルドかだけど、私はカルヘルドへ向かったほうが良いと思うわ」 「理由を聞いても?」 「さっきあなたが言った通りサムール村の方には罠が張られている可能性が高いからよ。村人が人質になっている可能性もないとは言い切れないわね」 「村人が人質にって
次の日、昨日と同じように俺たちは二人で馬車を進ませていた。 そう二人である。昨日の襲撃でセシルさんが居ることはバレている、そして積み荷の中に王女が居ることも多分バレているだろう。そのため襲撃者には人数を誤魔化しても意味はないのだが、他の旅人には効果がある。もしもやつらが他の旅人から話を聞いた時に人数が違えば勘違いさせられるかもしれないという苦肉の策だ。 それならセシルさんだけが別行動でもいいのではないかという話もでたのだが、エルミアは昨日見惚れた通りその見目ですごく目立つ。輝いているような金色の髪に、形の良い唇。すっと通った鼻筋に深い緑色の瞳。 そして何より、動きやすくて汚れてもいいように簡素な服を着ているのに、気品を感じさせる物腰が人目を引くのだ。 彼女がこんな馬車で旅をしていたら、すれ違う人達に間違いなく只者ではないとバレるだろう。ということから、彼女には昼間は変わらず木箱に隠れて貰い、夜になったらテントで休んで貰うという結論になったのだ。 ちなみにロシェッテも姿を消すのはいつでもできるという話だったので、昼間は姿を消すようにしてもらっている。 そして今、御者はクロヴさんにお願いしている。昨夜の襲撃の影響か上手く寝付けなかった俺は荷台で休ませて貰っていた。「ねぇ。アキツグさん、一つ聞いても良い?」昨日のことを思い出しながらぼ~っとしていると、周りからは分からない程度に横にした木箱の蓋を開けたエルミアが話しかけてきた。「あぁ、なんだ?」 「昨日、ハイドキャットと話してたでしょ。どうして言葉が分かるの?」ギクッ!思わず顔が引き攣る。そういえばあの時はまだ彼女の姿は見てなかったから意識せずにロシェッテと会話してしまっていた。「い、いや、助けて貰ったから礼を言ったりしただけで、言葉が分かるわけじゃ・・・」 「それは無理があるでしょ。私が木箱の中に居るのも当ててたし、分かったつもりの会話にしては内容がしっかりしすぎてたわ」 「まぁ、そうだよなぁ。頼むから他の人には秘密にしてくれ。俺はスキルでハイドキャットの言葉が分かるんだよ」 「スキルで?それは珍しいわね。王宮でもそん
賑やかになり過ぎて注意される一幕はあったものの、道中襲われるようなこともなく今日予定していた野営地には到着できた。 無理をすれば夜にはカルヘルドに到着できたかもしれないが、検問で怪しまれる可能性もあるし、夜は相手にとって有利な時間だ。尾行されて潜伏場所がバレては元も子もないということで、ここで一泊することになった。「そういえば、カルヘルドってどんな街なんですか?」 「カルヘルドか、あそこは魔法や魔道具研究が盛んな街だな。街灯にも魔道具が使われているし、ロールートと呼ばれる公共設備がある」 「ロールート?」 「あぁ、足元がな勝手に動くんだ」動く歩道みたいなものか?確かにこの世界では珍しいだろう。 前の世界でも街中にはなかった気がする。「ロールートを見るのは私も初めて!楽しみだなぁ」 「珍しさで言えば話の種にはなるだろうな。慣れてくると単に便利としか思わなくなるが。あとはそうだな、魔法学園と魔道具研究施設があるな。どちらも一般人はあまり関わる機会がないけどな」 「やっぱり学園の生徒は貴族階級の人が多いんですか?」 「いや、言い方が悪かったな。能力さえあれば平民でも学園には普通に入れる。学費はそれなりに掛かるらしいけどな。一般人ってのはそういうのに興味がない人達のことだ」 「学園って入れるのかな?」 「一般開放は特別な日以外はしてなかったと思いますが、どちらにしても今は近づくべきではないでしょう」 「こんな時じゃなかったらな~せっかく街まで行けるのに・・・なんか、もどかしい!」 「ミアは学園とかには通ってるのか?」 「一時期通ってたんだけどね・・・あ~色々あって家庭教師に変わっちゃったの」どうやらあまり言いたくない何かがあったらしい。まぁ王女ともなればすり寄ってくる貴族やそれに紛れた暗殺者に狙われたりとか色々有り得そうだ。「だから、学園自体は通ったことあるんだけど、魔法学園ってどういうところが違うのか気になるじゃない」 「確かに。どんなことを教えてるんだろう」 「俺も詳しくは知らないが、カルヘルドの魔法学園はマ
次の日は予定通り早めに野営地を発ち、しばらくすると遠目にカルヘルドが見えるくらいのところまでやってきていた。『アキツグ、警戒して。右の林から何か近づいてきてるわ』 「襲撃者か?」 『分からない。けど、動物なら街道に入る私達に向かってきたりはしないと思う』 「分かった」クロヴさんの方を見ると既に何かを準備しているようだった。 前もそうだったが気づくのが早い。もしかしたらセシルさんと何らかの方法で連絡を取っているのだろうか。単にロシェッテと同じくらい索敵能力が高いだけかもしれないが。 すると、クロヴさんから白い煙が立ち上った。「やはり気づかれたか。だが、街の近くまでこれたのは幸いだな。衛兵がこれに気づけば救援に来てくれるはずだ。アキツグ、御者を頼む。俺とセシルは追いかけながら護衛する」 「分かりました」そう言って御者台に座り、クロヴさんが馬車から少し離れたところでロシェに声を掛ける。「ロシェ、悪いが敵が近づいてきたら迎撃を頼めるか。狙われているのはミアだけど、馬を止めるために先に俺を仕留めようとするかもしれない」 『もちろん。私の恩人と友達だからね。あんな奴らに傷つけさせたりしないわ』 「俺は友達じゃないのか?」 『恩人で友達よ』 「そっか。じゃ任せた!」軽口を躱して俺は馬の制御に専念する。 正直怖くて仕方ないが、俺にできるのは少しでも早く街に近づくことだけだ。防御についてはロシェを信じることにした。少しして、前回と同じくけん制の投げナイフが戦闘の開始を告げた。 林から次々と計5人の黒ずくめの姿が飛び出してくる。 うち二人はクロヴさんを抑えに行き、残りの3人がこちらに向かってくる。 向こうも短期決戦でエルミアを攫うことを優先しているようだ。 しかし、さらにその背後から飛び出してきたセシルさんが襲撃者の一人に奇襲を仕掛けて背中を斬りつけた。 斬られた襲撃者はバランスを崩して倒れたが、残りの二人は構わずに馬車の荷台に乗り込もうとしてくる。 だが、先頭に居た襲撃者が突如後方に吹っ飛んでいく。
シディルさんの依頼を受けたことで、数日はマグザの街に留まることになった。 宿に関してはシディルさんの屋敷を使わせて貰えることになったため、エフェリスさん達に礼を告げて場所を移していた。 エフェリスさんは「気にしなくて良いのに」などと言ってくれていたが、流石に理由もなくお世話になり続けるのも悪いし、なるべくロシェの近くに居たほうが良いだろうという判断でもある。ちなみにミルドさんとエリネアさんは片付けが終わったらまたロンデールに戻るらしい。 とはいえ、四六時中側についていても仕方ないし何より俺もカサネさんも特殊なスキル持ちだ。シディルさんの研究室がどんなものかは分からないが、俺達が中に入ることでそれに感付かれるとまた話がややこしくなる気がしたので、ロシェとは別行動をとることになった。 ・・・カサネさんは調査に興味があるみたいで少々残念そうにしていたが。 そして俺達は今、街外れにある森に来ていた。 冒険者ギルドに森の魔物の討伐依頼が出ていたので、とある魔道具のお試しも兼ねて受けてきたのだ。このあたりには強い魔物は出ないのだが、最近森の魔物が増えてきているらしく、定期的に冒険者に依頼を出しているらしい。 とある魔道具というのはロシェの調査依頼の報酬として受け取ったシディルさん特製の魔道具である。俺達からすると何もしていないのに報酬だけ受け取っている感じなので申し訳なさはあるのだが、当のロシェ自身に『気にせず行ってきなさい』と言われてしまっていた。 森の奥に進んでいくと確かに怪しい気配が増えてきた。魔物同士が争っているような音も時折聞こえてくる。「この辺で良さそうですね。あまり奥に行って囲まれたりしても困りますし」 「そうだな。俺はここでもちょっと怖いくらいだけど」 「ふふっ、すぐに慣れますよ。アキツグさんの魔法の腕も上がってきてますから」 「そう願いたいな。戦わずに済むならそのほうが良いんだけど」そう話しつつも、俺は早速魔道具を近づいてきた魔物に向けて狙いを定めた。気を落ち着けて慎重に引き金を引くと、魔道具から雷の弾丸が撃ち出された。 弾丸は撃ち出された勢いのままに魔物の胴体を貫通し、その魔物は
そこまでする必要はなかったかもしれないが、何となく屋敷の中だとシディルさんに聞かれてしまうのではないかと思ったのだ。 それにしても調査依頼か、ロンディさんの時を思い出すなぁ。理由が魔道具の発展のためだったり、こちらが弱みを握られてるっていうところも同じだし。違いは対象が俺じゃなくてロシェってところだけど。「さて、どうしようか。シディルさんも話した感じ友好的だし、断ってもロシェのことを言いふらしたりするような人ではなさそうだけど。調べられた結果ロシェ達に不利益な情報が広まる可能性もあるよな?」 『無いとは言い切れないでしょうね。私達を見つけるようなものが作れたりするのかもしれないし』 「そうだよなぁ。姿を消せる原理を知ろうとしているわけだし、それを応用すればそういうこともできそうだよな」 「そうですね。当然リスクはあると思います。ただ分からないところはこちらで悩んでも仕方ないですし、聞いてみれば良いのではないですか?」 「・・・そうだな。もう少し色々聞いてみてそれでも危険だと思ったら悪いけど断わろうか」結論が出たところで屋敷に戻り、シディルさんに先ほど話していたリスクについて聞いてみることにした。「ふむ。ハイドキャットという種の優位性へのリスクのぅ。ハイドキャットの仲間がいるお主達からすれば当然の懸念じゃな。では、調査結果やその後の研究の成果は世間には公表しないということでどうじゃ?わしが個人的に研究する資料とするだけであれば、ハイドキャットたちに危険が及ぶこともなかろう」 「えっ?それでいいんですか?魔道具の発展のための研究なのでは?」 「もちろんできるのであればそうしたいところじゃが、それではお主達は納得せんじゃろう?それに一番の目的はわしの探求心を満たすためじゃからの。わしは今でこそ学園長なぞやっておるが、もともとは魔道具の研究者での。若い頃に解明できなかった姿隠の原理が未だに心残りで、今でも趣味で細々と研究を続けておったのじゃ。じゃからそれでお主達が納得してくれるのなら安いものよ」シディルさんは昔を懐かしむように自分の過去の話をしてくれた。 隣で聞いていたクレアさんは驚いたような納得したような表情をしている。
魔法学園の学園長というだけありシディルさんの屋敷はかなり大きかった。「さて、話というのは先ほども言った通りそのハイドキャットのことなのじゃが・・・失礼な問いになるかもしれんが率直に聞こう。アキツグ君、その子をわしに譲る気はないかね?もちろん相応の対価を支払うつもりじゃ。わしなら大抵のものは用意できるぞ?」いきなりか。確かにハイドキャットが希少だというのは聞いているから、その可能性は考えていた。変に回りくどいことをされるよりは対応しやすい。 俺はちらっとロシェの方に視線を送る。すると『まさか応じるつもりじゃないでしょうね?』という怒気の篭った視線が返ってきた。いや、念のためにロシェの意思を確認しようと思っただけなんだが、意図を汲み取っては貰えなかったようだ。「申し訳ありませんが、ロシェは大切な仲間なので」 「そうか、残念じゃな。では代わりと言ってはなんじゃが、うちの孫と交換というのはどう<バシッ!>いたた、じょ、冗談じゃよクレア」 「笑えません!」シディルさんの発言に割と食い気味でクレアさんが突っ込みを入れていた。 確かに酷いことを言っていたが、クレアさんの突っ込みも割と容赦ないな。これは恐らくだが今回だけでなく普段からこういうやり取りをしていそうな気がする。「やれやれ、冗談はさておいてじゃな、そのハイドキャットの子を調べさせて欲しいのじゃよ。もちろん危害を加えるようなことはせんと約束しよう。わしの研究室で映像記録や魔力波を通しての生体情報の採取などをさせて欲しいのじゃ」 「なぜわざわざ俺達に?シディルさんなら俺達に頼らずともそれこそ他から連れて来て貰うこともできるのでは?」 「ふむ。お主はその子の価値を見誤っておるようじゃの。現在、わしの知る限りで世界にハイドキャットを人が使役している例は2人だけじゃ。もちろんその2人にも交渉は試みたのじゃが、断られてしまったのじゃ」世界中でたった二人!?確かに珍しいとは聞いていたが、そんなレベルとは完全に予想外だった。あの時クロヴさんは怪我したロシェを割と平然とした顔で連れて来ていたし、従魔登録を担当したギルド職員さんも驚いてはいたが平然を装って仕事はしていたので、普通に
「初めましてじゃな。私はこの学園の学園長をしておるシディルじゃ。孫が世話になったようじゃの」今日は割り込みの多い日だなと思いつつ、俺達も三度目の自己紹介をする。「それで俺達に聞きたいことというのは?」 「うむ。お主達もここでは都合が悪かろうと思ってうちに誘ったのじゃ。聞きたいことというのはその子のことじゃよ」そう言ってシディルは何もない空間を指さした。いや、正確にはロシェが居る辺りを指さしている。 この人もロシェに気づいている?と思ったところでロシェの気配が右の方に移動したのが分かった。すると、シディルさんの指もそれを追うように動いていく。 やはり気づいている。ロシェも確認のために動いてくれたのだろう。 そうなると、話というのは何だろう?学園内にロシェを入れたのがまずいということはないと思う。他にも従魔を連れた客は居たのだ。姿を消していたことの注意とかなのだろうか。まぁ強制的に連行しようとしていないので敵意があるわけではないだろう。ここは素直に従ったほうが良いか。「分かりました。ご迷惑でなければお邪魔させて下さい」 「うむ。誤解なきように言うておくが、お主らを咎めたりするつもりはないのじゃ。単にわしの興味本心から招待しただけじゃから、そんなに警戒せんでくれ」・・・それならそうと最初に言って欲しかった。いや、まだ完全に信じて良いのかは判断できないけども。「ねぇ。その子って何のことなの?」 「わ、私も気になります!」と、そこでクレアとスフィリムの二人が何の話か分からないと質問してきた。 周りを見回してみると大会が終わったことで人もまばらになっている。 これならそんなに騒ぎになることもないか?「実は姿隠で隠れている従魔が居るんだ。今見せるから騒がないでくれよ。ロシェ姿を見せてくれるか」 『なんだか自信が無くなってくるわね。今まで例の獣以外には見つかったことなかったのに』そうぼやきつつロシェが姿を現した。俺やカサネさんが壁になってなるべく他の人に見えない様にはしたが、気づいたらしい一部の人が動揺した声を上げていた。「この子
個人戦は一人でのパフォーマンスになるため、やはり複数属性を扱える学生が多かった。チーム戦ほどの派手さはなかったが、一人で複数の属性を操ってパフォーマンスを行う技量の高さはなかなか見ごたえがあった。 そうこうしているうちに例の彼女クレアの順番が回ってきた。「さぁ、最後は学園きっての天才魔導士の登場だーー!!」司会の男性がテンション高めにクレアの登場を告げる。(彼女そんなにすごい魔導士なのか・・・)呼ばれたクレアは何故か申し訳なさげにしながら登場して一礼してからパフォーマンスを開始した。 それを見た俺は彼女が天才と呼ばれたことに納得しつつも、さらに驚かされることになった。彼女は火・水・風・土・光・闇の6属性全てを使いこなしていたのだ。 火で円形のリングを作り、その周りに光と闇で影の観客席を作り、生み出した水から水のゴーレムを、地面からは土のゴーレムを作り出して、風が音声機の声を俺達の耳に届けた。 出来上がったのは影の観客たちが歓声を送る中、水と土のゴーレムがリングの中央で力比べをする舞台劇だった。「これを・・・一人で・・・?」 『確かに、これはレベルが違うわね。何故か本人は自信なさげにしているけど』カサネさんは同じ魔導士として驚嘆していた。それはそうだろう、彼女の4属性持ちでも希少だというのに、全属性を持つだけでなくこれだけ巧みに操っているのだから。 気になるのはロシェの言う通り本人の様子だった。ものすごいパフォーマンスをしているというのに当の本人は自信なさげというか申し訳なさそうにしているのだ。(もしかすると、この大会への出場は本人の意思ではなかったのかもしれないな)他の人達は殆どが舞台劇の方に目を奪われていて彼女の方は気にしていないようだ。劇は最終的に力で押された水のゴーレムが火のリングに足を踏み入れたところで足が蒸発してしまい、バランスを崩して場外負けという形で終わりを告げた。クレアが再び一礼して舞台袖に消えると、盛大な拍手が送られた。 個人戦の勝者は決まったようなものだろう。他の子達のパフォーマンスも良かったが正直レベルが違い過ぎた。
街の広場を色々見て回っていると時刻も夕方に差し掛かる頃になっていた。 幾つかの取引もできて出店を満喫したところで今日は帰ることにした。 カサネさんも魔道具や本などをいくつか購入していたようだ。ミルドさんの家に戻るとエフェリスさんが今日も美味しい食事を用意してくれていた。どうやらお店も去年より盛況だったらしく一日でほぼ売り切れたため、明日は家族で学園祭を楽しむことにしたらしい。次の日、ミルドさん達と一緒に魔法学園まで向かいミルドさん達は先に出店を回るということでそこで分かれることになった。 俺達は予定通り、魔法練習場に向かうことにした。 塔まで歩いて行くと20人程の列ができている。塔を使えるのは一度に10人程度らしい。「細長い塔ですね。これでどうやって上まで行くんでしょう?」 「なんらかの魔法なんだろうけど、俺にはさっぱりだな」 「そういえば人数制限があるみたいですけど、ロシェさんはこのまま乗れるでしょうか?」・・・た、確かに。考えてなかった。どうしよう。『考えてなかったって顔ね。気にしなくていいわ。私は先に上っておくから』そういうと、ロシェの気配が俺から離れて山の上の方へと離れていくのが分かった。自力で登っていったらしい。流石だ。「もう山の上まで行ったみたいだ。早いなぁ」 「かなりの急勾配ですのに。流石ロシェさんですね」話しているうちに俺達の順番が回ってきた。 塔の中に入ると、何もない丸い空間で床には魔法陣のようなものが描かれていた。 塔の管理をしている人が「起動しますので動かないでください」と声を掛けて、壁際に合ったパネルのようなものに触れると、一瞬視界がぶれて次の瞬間には先ほど入ってきた入り口が無くなっていた。「え?」 「到着しました。出口は反対側です」言われて反対側を見ると確かに入り口と同じ扉が開いていた。 俺達以外にも数人が驚いた様子を見せながら出口から出て行く。恐らく初見かそれ以外かの違いなのだろう。「何が起きたのか全く分かりませんでした。流石は魔
魔法学園の学園祭だけあって、出し物は魔法を絡めたものが多かった。 教室に暗幕を掛けて光の魔法でプラネタリウムのようなものを見せたり、 冷気で快適な温度に設定された喫茶店なども休憩所として好評な様だった。「学生ごとに違った発想で出し物を考えていてすごいですね」 「あぁ。中には当日楽をする狙った展示物の様なのもあったけど」 「ふふっ。確かにあそこは受付の学生さん一人だけでしたね」などと出し物の感想を話しながら歩いていると、ドン!と右側から何かがぶつかってきた。「あいったたた・・・あ、ご、ごめんなさい」 「あぁ、いやこちらこそ。大丈夫か?」ぶつかってきたのは学生の女の子だった。走っていたうえ、ぶつかったのがちょうど曲がり角だったため避けられなかったらしい。「は、はい。全然大丈夫です。すみません。急いでいるのでこれで」そう言うと、彼女はこちらの返答も待たずに行ってしまった。「随分急いでいたみたいですね」 『・・・これ、さっきの子が落としたんじゃない?』ロシェがそう言って指さした先には革製の薄いケースのようなものが落ちていた。拾って見てみるとどうやら学生証らしい。先ほどの女の子の顔写真も載っていた。名前はクレアというらしい。「そうみたいだな。どこに行ったか分からないし、落とし物として案内所にでも届けるか」 『これだけ人が多いと気配を追うのも難しいし、それが無難でしょうね』ということで、多少寄り道しつつも案内所に学生証を届けると時刻は昼過ぎになっていた。近くの出店を見ていたカサネさんのところへ戻ると、男子学生と何やら話しているようだった。「お姉さん一人?実は俺も友達にドタキャンされちゃってさ、良かったら一緒に回らない?」 「いえ、連れが居るので」ナンパだった。ほんとに一人でいると良く声を掛けられている。こういう場だとなおさらかもしれない。ともあれ、カサネさんの機嫌がこれ以上悪くなる前にさっさと合流したほうが良いだろう。「お待たせ」 「あ、おかえりなさい」 「ちっ、ほんと
翌日、起きて一階に降りるとミルドさん達は既に家を出るところだった。「おはようございます。もう出るんですか?」 「おはようございます。えぇ、書置きを残しておいたんですけど、朝食は作っておいたので食べて下さいね。予備の家の鍵も置いてます。返却は今夜で構いませんから」 「え?今夜もお世話になっていいんですか?」 「え?・・・あぁ。そういえば言ってなかったですね。学園祭は明日まであるんですよ。ですので、もし急ぎでなければ明日も楽しんでいってください。今日とは違うイベントなどもあるみたいですよ」確かに昨日の話では何日間あるのかは聞いてなかった。 折角こう言ってくれていることだし、もう一日お世話になろうか。「そうだったんですか。急ぎの用はないので、もう一日お世話になります。何から何までありがとうございます」 「いえいえ、それでは行ってきます」挨拶を済ませると三人は荷物を持って家を出て行った。 少し遅れて起きてきたカサネさんと朝食を頂いてから家を出て、まずは学園の方に向かってみることにした。通りがかりに見てみると街の広場も既に賑わいを見せているようだ。「朝から結構にぎわってますね」 「あぁ、こっちは主に学園祭で集まってくる人をターゲットにした商売だな。本来なら商人の俺はこっちに混ざるべきなんだろうけど、まぁ今日は休日ということで学園祭を楽しむことにしよう!」 「ふふっ、変に拘っても気になって集中できないかもしれませんし、良いと思いますよ」 『あなたのスキルは割といつでもお祭りに近いと思うけどね』ロシェッテが呆れたようにそう言った。 確かにレベルが上がったおかげなのか、最近は店を開けば通りがかった人の何割かは何かしら買ってくれるし、旅の途中ですれ違う人達から取引を持ち掛けられることもあるのだ。「つまり普段から働いているわけだし、休んでも問題ないということだな」 『はいはい、そうね』そんな話をしながら学園へ向かう。学園が近くなるにつれて人が増えてくる。 やはりこちらがメインなだけあって集まっている人の数も段違い
「楽しみにしてます!」 「それじゃ、部屋に案内するよ。こっちだ」ミルドさんが抱えていた荷物を近くに置いて俺達を部屋に案内してくれた。 俺達はエフェリスさんに一礼してからミルドさんの後を付いていく。「こことその隣が空き部屋だ。掃除用具とかはあそこの籠の中にあるから好きに使ってくれ」ミルドさんが案内してくれたのは二階にある突き当りの部屋だった。「ありがとうございます。あと、学園祭のこと後で教えて貰っても良いですか?俺達基本的なこともよく分かってなくて」 「あぁ、構わない。夕食の時にも話題になるだろうから、その時に説明しよう」 「分かりました。お願いします」 「それじゃ、悪いが掃除の方は頼んだ。俺は準備の方を手伝ってくる」そう言うとミルドさんは一階に戻っていった。 部屋を開けてみるとどちらの部屋にも最低限の家具は置かれてあった。元は客間か誰かの部屋だったのだろうか?ただ、やはりしばらく使われていなかったようで、それらの家具は埃を被っていた。「それじゃ、美味しいデザート、いえ食事のために頑張りますか!」 「あ、あぁそうだな」カサネさんがいつになくやる気だ。こんなに張り切っているのを見るのは初めてかもしれない。よほどコロンケーキが楽しみらしい。 そうして夕食前までは各自で部屋の掃除を済ませた。 掃除を済ませて一階に戻ると、キッチンの前に知らない男性が立っていた。「ん?おぉ、あんたらがミルドの連れてきたお客さんか。俺はあいつの父親でカイゼルってんだ。よろしくな」俺達もカイゼルさんに挨拶を返すと、席に着くように勧められた。 言われた通り席に着くと、エフェリスさんが食事を並べてくれた。「お掃除お疲れ様でした。さあさあ食べて下さいな。コロンケーキはデザートでお出ししますね」エフェリスさんが振舞ってくれた料理はどれもとても美味しかった。 デザートだけでなく食事までごちそうを用意してくれたようだ。「とても美味しいです」 「お口にあったようで良かったわ」